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2024年03月29日

河瀬監督からの挑戦状

 東大の入学式の式辞で映画監督の河瀬直美氏が行ったスピーチが波紋をよびました。祝辞とは思えないような難解な内容と語り口に危険なワードもあり批判される要素がある祝辞であるとも感じました。これから書くのは私の私見です。河瀬監督のスピーチに違和感を感じ批判する意見があるのは当然であり、自然なことです。それを踏まえての私見になります。

 スピーチの入りから穏やかではない言葉が河瀬監督の口から発せられます。入学おめでとうございますという謝辞の後に「今日は手放しでその喜びを全身に受け手てお過ごし下さい」に続き「そうはいっても明日からの日々はその喜ばしさに胡座をかいているわけにはいきません」と続き以前カンヌ映画祭での自分がフランス人の知人に言われたことで自分が何を感したかを話します。その後自分の生い立ちなどの昔語りがあり自分のふるさとに近い金剛峯寺の館主の言葉を借りるかたちで「ロシアだけを悪者にして安心していないか」という一説が語られます。現代のSNSが発達した社会と現在の世界の情勢を考えるとこの発言は大変危険です。しかし逆に考えればウクライナの言い分とロシアの言い分は真っ向から衝突するはずです。もしどこかでお互いが折り合いをつけていれば武力を持って解決しようとする方向には行かなかったのかもしれません。ただ矛盾するようですが国と国の利益や現地の人間からすれば譲れにことも沢山あると思います。部外者が簡単に「お互いの理解が足らないから良くない」とは言えない状況もあるのでしょう。

 さて河瀬監督はこの世界情勢の中でロシアの言い分もしっかり聞かないとフェアーではないということを言いたかったのでしょうか。これは私見ですが河瀬監督が言いたかった事は偏った視点でのみ物事を判断してはいけない。また視点は時代と共に変化させなくてはならないものでありその変化について行くためのアップデートは常に行わなければならない。しかし自分の芯となる考え方や方向性は持たねばならない。その上で自分で考え、自分で判断し、自分で行動に移す。これからの時代が必要としている人間はこの様な人間でありこの様な人間が日本を引っ張っていかなければならない。東京大学という日本のトップの学び舎に学ぶ貴方たちにはその責任がある。私はこの様に解釈しました。
 監督の昔語りの中で自分が育って来た環境はここ30年で大きく変わり、昔の常識と今の常識の狭間の中で全く違う世界に変貌していることに触れ、その中でも自分だけの一つの窓を持って下さいと言います。続いてたった一つ窓から見える景色に真理が隠されていると言い、この景色は一定ではなく常に変化しているとも言います。これは変貌する社会の中でも自分の柱となる考え方であったり方向性をも持たなければならない。それが自分の新しい真理を築くために必要であり、人間はこの様にしてアップデートしていく。その探究心を忘れてはいけない。小さいパワーかもしれないがそのパワーを失わず持続させることが大切な事であり、その小さい力が世間や時代を動かす原動力になる。そして最後に自由に生きることができる苦悩と魅力を充分に味わって欲しいと結んでいます。

 このスピーチには余白が多すぎます。余白が私たちに投げかけられた時には私たちは自由に想像し自由に考えることができます。この場合の考えるとは決められた答え探すことではなく、無から自分の考えを自己の想像力をフル活用して作り出すことです。そこに必要なものが普遍でありつつ常にアップデートを続けるたった一つの窓の存在でしょう。時代は求められた答えを正確に真面目に回答する時代からオリジナルのある斬新なアイデアが要求される時代に変化しつつあります。最後の自由に生きる事ができる苦悩と魅力を十分に楽しむ事ができる存在が時代の勝者となる。そして日本のトップの学び舎で学ぶ貴方たちにはその資格があると同時に責任もある。私が感じた河瀬監督からの挑戦状です。