子育てのヒント
2023年10月06日

共有と共感

 共有と共感

1,瞬間的葛藤

 前回。私のワクワクの原点をお話しすると書きましたが先日東京へ向かう京葉線の中で見た光景が少し気になりました。そこでこの話題に触れてみたいと思います。

 自宅からの最寄り駅が京葉線葛西臨海公園駅か東西線葛西駅のため行き先によって二つの駅を使い分けています。この日は京葉線の葛西臨海公園駅を利用しました。時間は午後4時30分頃。私の席の前に4人の親子が座ります。姉5才位かな。弟、多分3才。そして,多分30代と思われる両親です。葛西臨海公園から帰途につくために乗車したと思います。荷物を見ると公園で遊ぶための道具だろうと思われる物が見えます。私に向かって右から母親、弟、姉、父親の順で座りました。そこで姉が奇妙な行動を始めます。何か髪留めの様な物で目隠しする様な動作を始め、その動作を母親にしつこく繰り返します。最初は無視していた母親でしたが限界が来たのか視線で威圧的に子供の行為を止めさせます。姉の不機嫌は傍目に見ても明らかになり目が据わり前方だけを凝視する様になります。その姉に今度は弟がちょっかいを出し始めます。姉は明らかに不快な表情を表します。そこで父親が弟を睨み付けます。父親は無言でしばらく弟を睨みみ続け全員が暗い雰囲気になりました。4人は八丁堀駅で降りていきましたがその時には普通の状態に戻っていたと思います。時々見る光景かもしれません。

 以前認可外の保育園を10年程経営していました。この時に思った事です。イヤイヤ期が終わった3才前後から子供の自我が芽生え始めますが言葉を使って自分の思いを伝えることが上手くありません。そこで行動で自分の思いを伝えようとしますが上手く伝わらない時には癇癪を起こすことも多く、その状態が継続的に続くと「悪い状態」にはいる事もあります。以前ブログでこの「悪状態」にも触れています。そこで少し発想を飛ばしてみましょう。この時の姉と弟の本意とは何だったか。
 
 姉・・今日の楽しかった事を伝えたかった。目を隠してふざけていると思える様な場面に遭遇したのか。それとも    その行動を喚起させることがあったのか。 
 弟・・急に不機嫌いなった姉が気になった。機嫌を直して欲しいと気遣った。 

 この様に考えました。想像です。全てが上の様な状況ではないと思います。そしてこの場面での両親の対応がまずいと言いたいわけではありません。この見方は、保育、あるいは教育の観点と子育ての観点で見た違いです。子育てで関して言えば、姉の行動は一般的に見ても滑稽であり恥ずかしい行為と周りからも思われます。止めさせたいと誰でも思うでしょう。また、その姉に対してしつこく接する弟も良くない。このまま放置すれば周りの人に迷惑をかけるかもしれない。これも端から見て恥ずかしいと笑われてしまう行為と映るでしょう。しかし八丁堀で下車する時には何事もなかった様に下車しています。これは4人が家族だからです。これは家族だけが持っている距離感だからです。しかし保育や教育の場面は違うと考えます。子供を育てる(会社でいえば部下)場合成長させるのが指導的立場の人間の仕事です。そこで他人という距離感を上手に使い時には家族よりも強い結びつきを作る。突き放して考えさせる等を行う必要があります。この距離感を間違えた指導者は集団の崩壊等の大きなリスクを背負うことになるでしょう。この状況を葛藤部分のみを抜き出し解説します。

2,共有と共感

 上の例は瞬間的葛藤の例です。人間は生活している中で沢山の判断、決断を繰り返しています。葛藤には現在自分が抱えて課題を解決する為にある程度考える時間がある場合と,今回の様に突発的に現れた問題を瞬時に判断し解決しなければならない場面があります。この時の葛藤を「瞬間的葛藤」と私は考えます。そして多くの場合「瞬間的葛藤」の場面では失敗域を選択をします。理由は考えて判断する時間の余裕がない。人間は常に楽な選択をする。この2点だと考えます。この時、瞬時に姉が母親に伝えたいことを理解し、弟の本意とは何かを判断し適切な方向で導くためには「指導の技術」が必要です。但しその技術を習得するためには練習が必要になります。また、生活の中には無意識での判断や決断が無数に存在します。もし私が指導的立場で姉と弟の行動を窘めるとするならば以下の様にします。

 姉・・共有  楽しかったね、そんな目を隠して居る人がいたの。後で教えてちょうだい・・共有する
    共感  楽しかったのは解るけど電車の中でそんなことして良いの,悪いのどう思う・共感はしない

 ポイント
 就学前の子供は良い人間になりたいという願望が強く大人よりも善悪について正しい判断をします。5才前後であれば正しい事を日常から教えていれば正しい判断をします。この場合は自分の行動が良い行動だったか、悪い行動だったかを判断させ考える時間を与えることです。    

 弟・・共感  お姉さん機嫌悪くなったよね。心配だね・・共有
        見てみな。かえってお姉さんは怒っているけどなぜだか解る・・共感しない

 ポイント
 良かれと思っての行動は解るが君のやったことは失敗だったことを理解させる。3才前後であれば自分の行動の意図と結果が結ぶついていないという状況は個人差はあるが理解できると考えるます。経験を積ませるという意味でも行動と自分が望んだ結果が結びついていないことは理解させたい。

 私見になります。この事例の共有とは姉弟の行動や理由は理解してあげようという姿勢をとる。共感とは行動の結果においても同じ気持ち、同じ意見、同じ見解を持つこと。この様に考えます。ですからこの事象については、子ども達の行動やその行動の意図は共有はする。しかしそこでの起きる結果には共感はできないという形を取ります。これは子供に考える機会を与え成長させる例として取りあげました。
 矛盾していますが親子間の距離感であれば「駄目なものは駄目である」と理由は関係なく叱る場面は必要だと思います。第三者(他人・指導者)が有効な指導を行うためには家庭での有無を言わさぬ状況で作った土台が必要だとも考えます。もし、家庭内の距離感が共有も共感も甘くなれば、指導者の立場での人間は、教育することではなく土台をつくることが目的になります。この場合、指導者も指導される側の人間も有意義な時間を損失することになるでしょう。

 

 後 記

 今回のエピソードはよく見る些細な光景です。こんな些細なことをネタにこんなことを考えている人間は厄介で面倒くさいやつと思います。これは自覚していることですが案外大きなプロジェクトを行う時、無理めな案件を成功させる時には効果的です。全く重箱の隅を突っつくようですがこれを積み上げていくと成功に近づく事ができる最良の方法として提案します。。興味のある方は参考にして下さい。この様な考え方でベイサイドアスレチッククラブメソッドは作りました。

 

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