松尾メソッド
2023年08月05日

信頼と信用

 信頼と信用

    前回は戦術の方法論的な内容を話しました。これは戦いを勝ち抜くテクニックの話です。しかし細かく高等な戦術があっても指導者と選手との間に信頼関係が無ければ戦術は成立しません。戦略は長い期間を使い失敗しない様に土台をつくる作業です。この期間は指導者、選手とも慎重さが重要です。色々試しながら正解を探すという事も戦略に含まれます。結果に結びつかないトライアンドエラーも多く辛抱の時期ともいえます。対して戦術では迷いや躊躇が命取りになります。一瞬ほどの時間で好機を逃すことが多く好機を逃さず決断できる準備を戦略の段階でつくっておく必要があります。この様な過程でつくられている人間関係が信頼といえます。

1,信頼と信用
 信頼と信用は似ていますがこの2つには大きな違いがあります。それは信用とは違い信頼には覚悟が必要だからです。これは、信用は人間の能力に対してするものです。対して信頼は人間そのものを頼る事になります。失敗した場合のリスクが高いのは信用ではなく信頼でしょう。解りやすい例でいえば大きな試合で指揮官は選手を信用の高い選手を選び作戦をたてます。しかし例外的に信頼によって選手を起用する指揮官がいます。今年3月のWBCでの栗山監督の采配が信頼を重視した采配です。その特徴が顕著に表れたのが準決勝のメキシコ戦での村上選手への采配です。今まで結果を出せていない選手を打順を落としても使い続ける。安全であろうバントをさせずリスクが高いと思えるヒッティングで勝負する。結果安全策よりもはるかに良い結果になる。この様な結果は勝敗以上にインパクトを残す効果もあります。
 信用と信頼の違いは、信用とは上の立場の人間が下の立場の人間(この場合指揮官と選手・会社でいえば上司と部下)に対する一方通行であっても成立させる事は可能ですが、信頼は上の立場の人間と下の立場の人間がお互いを理解し、尊重しなければ成立しません。そこで成功のピラミッドを参考に解説をしていきましょう。

2,信用と信頼の境界線

 上の図の様に信頼とはプレッシャーを克服して上のステージに上がった時のパフォーマンスが結果に結びついた時に評価されます。そこで二つの疑問が起こります。もし結果が失敗だった時に信頼は失墜するのか。二度と信頼される事はなくなるのか。もう一つがどのタイミングで信頼を得ることができるのかです。そこで信用されている場面と信頼されている場面を比べて考えます。信用においてはある程度無難にこなせれば良い。85%以上はできるであろうという場面です。信頼は50%程度の確率、または普通では難しい局面を任せる事の違いがあります。指導的立場の人間は、この判断を選手が葛藤の域に居たこと。必ず上の域(成功の域)へ進んでいることを見定める必要があります。その為の指導者としての力量は身につけなる必要があります。そこでの失敗なので仕方がないという方向性で考えるべきですが、信頼の確率が50%と考えた場合、戦術が間違っていた。戦術が機能でるような戦略がとれていなかったと私は考えます
 次にどの段階から信用から信頼に変わるか。指導者それぞれの考え方はあると思いますが私の場合は最初からです。信頼とは出来ないと思われる事を成功させる奇跡の様なものではなく、あくまでも50%の確率であれば確実に成功できる精神的ポテンシャルと考えます。最初は低い課題から始め少しずつ難度を上げていき結果を出せる場合に信頼が継続すると考えています。Aという選手は無限大に結果を出し、Bという選手は100までなら結果を出す。この場合Bには100程度のレベルで何度か練習をさせ結果が出せないようであればレベル100以上での信頼は選手を潰します。レベル95前後で確実に結果を残す。この様な采配になるでしょう。これが信用です。指導者は選手の精神的ポテンシャルを見極め度の必ず結果を出せる範囲の指導や采配をすべきです。また無限大に成長している選手でもコンデションによっては力を発揮できない場合もあります。またBが今のレベルよりも高いレベルでも結果が出せる様に指導を継続していくことも大切です。信頼とは一方の思いだけでは成立しません。お互いが腹を決める。そのために大切なことは「素直さ」だと考えます。

3,素直であること
 素直という言葉からイメージされる姿は聞き分けが良く、年長者の意見に従順である。この様にイメージする人が多いと思いますが、これでは服従にすぎません。本当に自分が納得したうえでの従順な対応であれば問題はありませが疑問が残っている状態では関係を悪化させます。この場合の素直さは自分が抱いている疑問や感覚のズレなどがあれば遠慮なく指導者、上司に伝えることができる能力をいいます。指導的立場の人間は選手のこの様な声を拾い上げる必要があります。また,間違った認識があれば選手に理解させる必要がありますが高圧的であったり権威的であれば正しい意見、指導であっても選手には届きません。指導的立場の人間が大切な素直さとは、かつて自分が高圧的、権威的指導をされた経験があるならば、その時の感情、状況を思いだし。自分たちの目的を再確認することです。中には生意気な選手もいますので指導者には懐の大きさも必要でしょう。戻りますが選手の素直さとは疑問については正直に伝える事です。但しそこに不満や怒りといった自分の考えを正確に伝えるための障害となる要素を入れない事が重要です。良い指導者は選手と上手にコミュニケーションをとり選手が自分を客観的に判断し疑問があれば正しい伝え方ができる精神的ポテンシャルを育てる事ができます。

4,覚悟を観る
 戦術において指導的立場の人間に一番大切な事は、選手が覚悟を決めているか、覚悟ができていないかを判断することです。これは上の図でいえば選手の心のポジションが集中以上のポジションに入ったと考えて下さい。この状態を見誤ると必ず失敗します。選手によっては練習ではできるのに本番ではできない選手も多くいます。私の考えですが、その様な選手には過大な期待(信頼)をせず確実にできる事を確実に結果を出させる様にします。本場に弱い選手は失敗に対する恐怖心が無意識にははたらきます。無意識という厄介なものを払拭する方法は一つしかありません。失敗させないこと。そして待つことです。
 覚悟がある選手には思い切った策(作戦)を行うことができます。しかし覚悟の無い選手にはプレッシャーにしかなりません。逆の言い方をするのならば指導者は全ての選手がスムーズに覚悟を決められる道筋を作る事だと考えます。悪い指導者はただプレッシャ-だけを選手に与えます。そのため選手を失敗の域に落とし言い訳、責任の転嫁などの状況が起きます。選手の覚悟ができていないと判断した場合は選手の覚悟ができるまで待つか、安全な方法を取るかの2択になります。下の図はそのメカニズムを説明したものです。

 また、下の図は以前葛藤について解説した図に葛藤後に「集中⑥」「ゾーン⑦」に入るパターンとは逆の「安全策をとる⑥」のパターンを挿入したものです。折角葛藤を抜け成功の域に入った選手を失敗の域に落とすことがあれば復活は困難になるでしょう。そして指導者からいえばこの局面が一番ストレスハイの状態であり自分をコントロール必要がある場面です。指導者的が一番失敗を犯しやすい局面でもあり、一番成長する局面でもあります。

 後 記

    信頼と信用の違いは迷惑をかけられるか、かけられないかの違いだと思います。そこの境界線は自己犠牲の精神の様なものかもしれません。指導者は選手の結果により自分が高く評価されることよりも選手の思いを優先しなければなりません。選手は指導者の思いを汲みプレッシャ-に打ち勝ち結果を出す努力をしなければ信頼を得ることはできません。私の感覚では感情論や精神論よりも物事を分析し,緻密で理詰めで考える方法が好きなのですが最後はこの精神的ポテンシャルの高さが大切であることも充分理解しているつもりです。
 身体的ポテンシャルを高める段階では頭を使い,クリアーにセーフティーに行動し、精神的ポテンシャルが発揮される場面ではお葛藤を越え指導者、選手が腹を決めることが成功への決め手となります。また、良い指導者は選手の状態を見極め勝機のタイミングと慎重にセーブする場面の両方を上手に使い分ける巧みさも必要なのかもしれません。現代の社会の状況では目先利益や自己の防衛のみに固執した情景が広がっている様です。信頼が難しい世の中、しかし今後の情勢を打破する決めたがこの信頼なのかもしれません。

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